石井桃子さんを訪ねて
石井桃子さんをお訪ねし、「岩波少年文庫」「岩波子どもの本」などに収められたロシア・ソビエト作品についてお聞きしました。『ノンちゃん雲に乗る』の作者、『クマのプーさん』他の訳者として有名な石井さんは、岩波書店の編集者として「少年文庫」などの発行でも中心的な役割を果たされました。以下はロシアの作品を手にとりながらの対談です。
※記事の全文は「カスチョール」第16号に掲載
石井桃子さんを訪ねて
金のにわとり
石井 「子どもの本」は、「少年文庫」を出してから、岩波の読者を幼年期までひろげようとして、始まったんです。「少年文庫」より年齢が低い子どもを対象にして。「少年文庫」が小学校5、6年から中学校までと考えると、こっちは、幼稚園から小学3、4年までと考えて。(『金のにわとり』を手にとって)これはすばらしい本だと思いましたよ。お話も絵もすごいと思いました。もっとも、アメリカでできた本でしょう?
田中 ええ、でも私たちから言いますと、これはA.プーシキンを書き直しているんですが、プーシキンの匂いがまったくしないんですよ。事実上、むしろ反対のものになっています。
石井 そうですか? この作品を読んだ時は、ほんとうにすばらしい作品だと思ったんですけどねえ。
田中 この『金のにわとり』は3、4年生向きになっていますね。これは、相当難しい作品なので、ロシアでプーシキンのおとぎ話を子どものために出版する時、これだけはずす場合が多いんですよ。もちろん、対象者の年齢によりますが。
内田莉莎子さん
田中 この「子どもの本」の頃から、内田莉莎子さんが登場するんですか?
石井 いえ、もうちょっと後ではないでしょうか?
田中 でも、ここにある『アイスクリーム』とか『こねこのおひげちゃん』は莉莎子さんの訳ですから、すでにお仕事してらしたんですよ。それから、ここには石井さんが訳されたマルシャークの『どうぶつのこどもたち』がありますが、これは英訳からでしょうか?
石井 あるいは、誰かに英語にしてもらって、それを訳したんではないでしょうか。
田中 当時は重訳もしかたがなかったんでしょうが、今はもうずいぶんへってますね。
石井 ええ、もうしなくなってるでしょう。
田中 石井さんは、もちろん、莉莎子さんをよくご存知でしょう? 莉莎子さんの訳はいいですよね。
石井 私、莉莎子さんの訳にはほんとうに感心してるの。なんていうのかしら、岩波で出したのでなくて、私が昔話と創作物で幼年から少し大きくなるまで、スチーブンのお話ぐらいまでも2冊の本にして、外国系のグローリアって出版社から出したことがあるんですけれど、その時にも、莉莎子さんにポーランドのもの(仕立てやのイトチカさん)を訳していただきました。英語、フランス語、ドイツ語などたくさんの訳がある中で、莉莎子さんは訳者としてほんとうにピカイチだと思いました。
田中 小さい人のものがとくにいいですよね。幼稚園で音楽の先生をしてらしたことがあるというから、子どもたちとの接触もあって、リズムなどがぴったりなのでしょうね。
ロシアの挿し絵画家
田中 さて、挿し絵のことですが、チャルーシンとかレーベデフの絵はそれまでの絵とちがっていたと思いますが、こういった画家たちの絵に触れた読者たちの反応はいかがでしたか?
石井 そう、ロシアのものは絵がすばらしいのね。テクニックとして、とっても優れていると思うの。なんていうんだろう? 子どもを馬鹿にしていない。一人前の人間として取り扱ってるという感じ。
田中 ええ、それはほんとうにそうですね。
石井 ロシアの人の絵は、どうして、ああいうふうに力強くてりっぱなんだろうと、いつも思うんです。絵かきさんの態度がりっぱですね。いいかげんなところで間に合わせておくとか、甘くするとかがないですものね?
田中 挿し絵と言えば、湯浅さんの訳された『森は生きている』その他で、ワルワーラ・ブーブノヴァ(編集部注・1886-1983 ペテルブルグ生まれ。妹小野アンナの招きで来日。早稲田大学などでロシア文学を講じるとともに二科展などに出品。帰国後スフミに住み、グルジア共和国功労芸術家)さんという方の絵がありますが。
石井 妹さんがヴァイオリニストの方?ええ、そのとおりです。あの方の挿し絵―ここにありますが、どう思われますか? 画家としては、リアリズムの初期も、鮮やかな色が燃えるような晩年の作品もすばらしいのですが。
石井 (絵を見て)やっぱり、挿し絵としても、りっぱだと思いますよ。
トルストイの「イワンのばか」
石井 私は、トルストイのお話なんかを子どもたちに読んでやるんですが…。あの民話っていうの、「イワンのばか」などね、ほんとに、…あれは子ども相手の作品じゃないけど、どんな幼い者も、人間として対してるということでうたれるんですよ。子どもたちに読んでやってても、作者のその態度にうたれるんです。
田中 子どもはここを読みとる、大人はこの辺を読みとるって、そんなふうに重層的になっているところがおもしろいですね。どんなふうにも読める深さがありますから。
対談を終えて
児童文学の分野で最初のいちばん辛い仕事をしてこられた石井さん。そのパイオニアのお話は、何もかもが新鮮だった。対談の後で「泰子さんは、こういう作品もあった、ああいう作品もあったのにと思われるかもしれないけれど、当時は情報がなくて、探し出すのが容易じゃなかったのよ」とおっしゃった。きっと、そのとおりだったのだろう。私たちはしばしば最初に井戸を掘った人の苦労を忘れてしまう。
ご自身の選集のゲラに手を入れておられた、いちばんお忙しいときにお邪魔してしまい、石井さんには大変ご迷惑をかけてしまったが、私と「カスチョール」はかけがえのないものをいただいたと思っている。(カスチョールの会 主宰 田中泰子)※石井桃子さんは2008年4月に逝去されました